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京都地方裁判所 昭和48年(む)9566号 決定

主文

司法警察員が昭和四八年一一月三〇日京都市下京区寺町通松原上る京極町四九七栗木方前進社京都支局地下室でした別紙目録(一)記載の物件に対する差押処分を取消す。申立人のその余の請求を棄却する。

理由

一本件準抗告申立の趣旨および理由は、申立人提出の準抗告の申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

二当裁判所の判断

1  本件差押の経緯

一件記録によれば、昭和四八年一一月二九日、京都府警察本部司法警察員水口智之の請求に基づき、京都簡易裁判所裁判官により、別件の兇器準備集合罪等の被疑事件に関し、捜索すべき場所を「京都市下京区寺町通松原上る京極町四九七栗木方前進社京都支局地下、同建物一階各室および倉庫、二階物置、三階の各室」とし、差押えるべき物を別紙2記載の各物件とする捜索差押許可状が発せられ、翌一一月三〇日午前六時五七分ころ、京都府警察本部に応援派遣された五条警察署警部上田貞造は、数十名の警察官を指揮して右前進社京都支局に対する令状の執行に着手したが、その際、同支局地下室の捜索に当つた司法警察員久世義明外一名は、同地下室において被疑者ら三名をいずれも軽犯罪法一条二号(兇器携帯の罪)に該当する現行犯人として逮捕するとともに、右逮捕に付随する処分として、その場で被疑者らからそれぞれ別紙目録(一)、(二)、(三)記載の各物件を差押えたことが認められる。

2  本件差押処分の適否

(一)  申立人は、まず、本件各逮捕手続はそれに先行する違法な身体検査および所持品検査によつて得られた資料に基づくものであるから違法であり、したがつて本件各差押処分も違法である旨主張する。

そこで、被疑者らが現行犯逮捕されるに至つた経緯についてみるに、一件記録によれば、右前進社地下室の捜索班長島岡和光警部補以下数名の捜索班員らが同室内に入つたところ、同所には約一〇名の男女が在室していたので、右島岡は指揮下の班員らに対し右の者らの中から立会人二名を残しその余の者を所持品検査をしたうえで室外に退去させるよう指示したこと、そこで捜索班員らは右の指示に基づき、室内に置いてあつた鞄類を手に持つなどして外に出ようとした右の者らに対し、順次個別に、右の鞄類を開いて在中品を見せることおよびその着衣の中に所持している物を取り出して呈示することを要求し、これに応じない者については自ら右鞄類を開いて在中品を調べ、あるいは着衣の上から身体に手を触れるなどして所持品の有無を確認するなどしたこと、その際被疑者Oの所持品検査に当つた前記久世義明は、同被疑者がその着用のコートのポケットからしぶしぶ取り出した単行本一冊、メモ等を調べた後、「もうほかに持つていないか」などといつて右コートの左右のポケットの上から手を触れて押えたところ、何か堅い石のような物が入つている感触があつたので、とつさに投てき用の兇器ではないかと直感した右久世がさらに「これは何や、出してくれ」などといつて強く迫ると、同被疑者はこれを拒み切れず自らの手で右両ポケット内から別紙目録(一)記載の鉛塊一四個を取り出して机の上に置いたので、これを端緒に同人は同被疑者を前記軽犯罪法の現行犯人と認めるに至つたこと、さらに右久世は被疑者五条警察署留置番号四八一号の男性(以下、被疑者四八一号などと略称する)の所持品検査に当つたが、同人が同被疑者の所持していた手提鞄(別紙目録(二)番号一)の開披を求めたのに対し同被疑者がこれをためらつたので、同人はさらに強くその開披を迫つた末、同人が開いたのかあるいは同被疑者自らが開いたのかは必ずしも明らかではないが、結局右鞄の開披の目的を遂げてその在中品を調べたところ、その中に鉄パイプ一本(同目録番号二)および特殊警棒一本(同目録番号三)を発見したので、これを端緒として同被疑者を右同様の現行犯人と認めるに至つたこと、また被疑者四八三号の女性の所持品検査を担当した司法警察員大泉清も、おおむね右四八一号と同様の経緯で、同女が所持していたショルダーバッグ(別紙目録(三)番号一)の中に鉄パイプ三本(同目録番号二)を発見したので、右同様同被疑者を現行犯人と認めるに至つたことが認められる。

ところで、一般に、人の住居等ある特定の場所についての捜索状を執行するに当つては、たまたまその場に居合わせた第三者の占有物と認められる物を除くほか、その場所にある物についても捜索できるものと解すべきであるが、その場所にいる人の身体について捜索することは、その者がその場所にあつた捜索の目的物を身体に隠匿していると認めるに足りる客観的な状況が存在するなどの特段の事情のない限り、原則として許されないものと解するのが相当である。

けだし、通常「場所」という概念にはそこにいる人は含まれないと解されるのみならず、身体の捜索により侵害される利益(人身の自由)は場所の捜索によるそれ(住居権)には包含されないと考えられるからである。

これを本件についてみるに、一件資料によれば、前記捜索差押状の対象とされた前進社の建物は、いわゆる革命的共産主義者同盟前進派の京都における拠点と目され、一般人が通常出入りする場所とは考えられないうえ、当日右令状の執行が開始された午前七時前ころには、右建物の出入口扉は堅く閉ざされていたこと、そして同建物地下室には多数の寝具、鞄類等が置かれていてかなりの人数の者が同所で起居しているとうかがえる状況にあつたことが認められるから、右の事実に照らすと、同所に居合わせた被疑者ら三名を含む前記約一〇名の者はいずれもそのころ同所で生活を共にしていたもので、少くとも同所の管理人に準ずる地位にあつたものと推認され、これに同人らが前記捜索の開始を知つて後に同所にあつた鞄類を手に持つたとの前記認定事実をも合わせ考えると、被疑者四八一号および同四八三号が所持していた前記手提鞄とショルダーバッグは、右地下室にある物として前記令状に基づく捜索の対象となり得るものというべく(この場合身体の捜索は伴わない)、したがつて、仮に前記久世外一名の司法警察員が自ら右の鞄等を開いて在中品を調べたものとしても、これをもつて違法な措置ということはできない。

つぎに被疑者Oについてであるが、一般に、捜索差押状の執行に際し、その場に居合わせた者を退去させるに当つて、証拠物の散逸を防止し右捜索差押の実効を確保するため、それらの者に対し、その所持品について質問し、これを取り出して呈示することを求め、あるいはその承諾を得て着衣の上から手を触れることなどは、捜査官に当然許された措置ということができるけれども、右の範囲を越えて、本人の意思に反して身体に手を触れあるいはポケットに手を差し入れるなどの実質的に強制処分である捜索に当る行為は、前記のような特段の事情の存しない限り許されないものというべきところ、本件において、前に認定したように、久世は同被疑者の承諾を得ることなくその着衣の上から手を触れるなどしたうえで初めて前記鉛塊一四個の存在に気がついたとの疑いが濃厚であり、しかも右の時点において、このような捜索が許されるような特段の事情が存したことを認めるに足りる資料はないから(この点に関し、右久世は同人作成の昭和四八年一二月三日付報告書の中で、「奥野のコートの左右のポケットに目を向けると、ポケットの下の部分がふくらんでずつしりした感じがあつたので見せてもらうぞといつて上側から手で押えた」旨記述しているけれども、同人が逮捕当日作成した現行犯逮捕手続書には右の事実をうかがわせるような記載はなく、これに同被疑者はじめ当時右地下室にいたと思われる者の報告書等によりうかがえる当時の状況を斟酌すると右の記述部分はたやすく措信し難いし、また仮りに右の事実が認められるとしても、これだけで果して右の特段の事情があるといえるかどうか疑問である)、右物件を発見するに至つた右久世の行為は、令状に基づかない身体の捜索として違法の評価を免れない。そうすると、右違法な手続によりもたらされた右物件の発見を端緒にしてなされた同被疑者に対する現行犯逮捕ならびにこれに付随する本件差押もまた違法といわざるを得ない。

したがつて、前記申立人の主張は、被疑者四八一号および同四八三号については理由がないが、同Oについては理由があることになる。

(二)  つぎに申立人は、本件の鉄パイプ四本(別紙目録(二)番号二および同目録(三)番号二)ならびに特殊警棒(同目録(二)番号三)はいずれも軽犯罪法一条二号所定の物件に該当せず、また、本件における右各物件の所持の形態は同号所定の「携帯」には当らないから、本件現行犯逮捕はその要件を欠き違法である旨主張するけれども、右目録中に記載したような形状等に照らすと右の各物件がいずれも同号所定の物件に該当することは明らかであるし、また前記のような所持の形態が同号にいう「隠して携帯していた」ことに該当することも論ずるまでもないところであるから、弁護人の右主張は理由がない。

なお、被疑者四八一号、同四八三号に関しては、その他本件各差押処分を違法ならしめる事由は見当らない。

三結論

よつて、申立人の本件請求は別紙目録(一)の物件に関する部分に限り理由があり、その余は理由がないから、刑訴法四三二条、四二六条を適用して主文のとおり決定する。

(鳥越健治)

(別紙1・2)省略

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